夢を追うのも、諦めるのも、子どもの自由。小島慶子さんと考える「親の執着」の手放し方

エッセイスト、メディアパーソナリティの小島慶子さんによる揺らぐ40代たちへ「腹声(はらごえ)」出して送るエール。今回は「才能」について。

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小島慶子さん

1972年生まれ。エッセイスト、メディアパーソナリティ。2014〜23年は息子2人と夫はオーストラリア居住、自身は日本で働く日豪往復生活を送る。息子たちが海外の大学に進学し、一昨年から10年ぶりの日本定住生活に。

『才能や夢は子ども自身のもの』

ふにゃふにゃの赤ちゃんを見つめて「もしかしたらすごい天才かもしれない!」と考えたこと、ありますか。私はあります。そして、自分が産んだ人が天才でもそうでなくても、その人に合った育て方をしたいものだと思いました。

生まれながらに人並外れた能力を備えている人は天才と言われるけど、天才なら幸せが約束されているというわけではありません。才能に恵まれてしまったがゆえに苦労が多い人生もあります。世の中は基本的に凡人用に設計されているので、凡人ではない人は適応するのが難しい。変わり者扱いされたりもします。絵が描けてしまう、歌が歌えてしまう、勉強ができてしまう、運動ができてしまう。その才能が人生を平穏で安泰なものにしてくれるのかどうかは、育った環境や巡り合わせにもよります。

そもそも才能は、仕事に直結するものではありません。めちゃくちゃ運動能力の高い書店員さんもいるだろうし、人並外れて数学の得意なファッションモデルもいるでしょう。それを側から見て「もったいない、才能を活かせばもっと活躍できるのに」とかいうのは無礼千万です。親は「我が子の才能を発掘し、最大限伸ばしてあげて、より良い将来を手に入れられるようにしてあげたい」と考えますが、どのように生きるかは当人にしか決められません。

では、親は我が子の才能をどうしてあげればいいのでしょうか。子どもが才能を自分で扱えるようにしてあげるのがいいんじゃないかと思います。才能には限界があります。世界で一番になることだけが才能を活かすことではないし、それと幸せとは別の話です。たまたま一致している人もいますが極めて稀です。おそらく、自身の才能が他人のものになってしまうことがいちばんの不幸でしょう。子の才能が親のものにされたり、好きでやっていることなのに周囲の期待に応えざるをえなくなったりする。才能をどう扱うのかはその人自身が決めていいはずです。どれほど周囲が惜しがろうと、人には〝才能を生かさない自由〟もあるのです。

才能と合わせてよく語られるのが「夢」ですね。子どもの夢を応援したいと親は願います。私の次男くんは、オーストラリアで小学生の時に地元のサッカークラブに入っていました。始めたばかりの頃、地元出身のプロ選手がやってきて子どもたちに話をしてくれました。「君たちはなぜサッカーをするの?」と聞かれた子どもたちは「好きだから」「選手になりたいから」「蹴りたいから!」などと元気に回答。プロを夢見る子もいます。「そうだね、いろんな理由があるね。でも残念ながら、ほとんどの人はプロ選手にはなれない。ましてメッシのようになることなんてほぼ不可能だ。それなのに、サッカーをやる意味はあるのかな。君がサッカーをする理由は何だろう」親たちも真剣な顔で聞いています。

選手は言いました。「君がサッカーを好きなら、やればいい。上手でも下手でも、何歳になってもできるんだよ。もし君が選手になれなくても、勝つことができなくてもいい。サッカーは、人生を楽しむためにするものなんだ」これはもしかしたら子どもたちよりも、熱くなりがちな親たちに聞かせるための話だったのかもしれません。

子どもの試合で怒鳴ったり、勝つことにこだわる親たちもいました。選手はこうも言いました。「親御さんたちは、子どもがサッカーから帰ってきたらまず〝勝った?〟じゃなくて〝楽しかった?〟って聞いてあげてくださいね」。話を聞いていた子どもたちの中には「あんな選手、ダメなやつだ」と思った子もいるかもしれない。勝負にこだわり、自分を追い込んで夢を叶えた大人もたくさんいるでしょう。でも私と夫は、子どもたちが選手の話を聞けて良かったなあと思いました。

それからしばらく熱心にサッカーをしていた次男くんですが、ある日「僕考えたけど、サッカー選手にはなれないと思うから勉強することにする」と宣言。そしてあっさりサッカーをやめて塾に通い、学区外のハイスクールに進学しました。今は大学で学んでいます。

夢をあきらめるな!という激励の言葉がありますが、人には夢を諦める自由もあります。夢を諦めるのにも、頭を使います。我が子を応援したいと願うなら、親は我が子の特定の才能や夢に執着するのではなく、子どもが自身の才能や夢を自分で扱えるようになるための手助けをしたらいいのではないかと思います。あのプロ選手の話もそうですね。

才能や夢は、他人に利用されやすいもの。働かされすぎややりがい搾取も、まさにそれです。企業や国にとっては、個人の才能ややる気は無駄なく活かすべき資源。でも子育ては、親による子どもの資源活用ではありません。我が子というかけがえのない個人の人生が自由で幸福なものであるように祈り、見守るのが親心です。「うちの子の才能を伸ばして夢を叶えてあげよう!」と熱くなったら、深呼吸して考えたいですね。

文/小島慶子 撮影/河内 彩 ※情報は2026年5月号掲載時のものです。

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