「怪我で10キロ増、レオタードも嫌に」元体操日本代表・田中理恵さん、思春期の絶望を救った”母の一言”
元体操日本代表として、世界の舞台で活躍してきた田中理恵さん。兄の和仁さん、弟の佑典さんも体操選手という「体操一家」で育った田中さんですが、意外にも両親から「体操をやりなさい」と言われたことは一度もなかったそう。順風満帆だった競技人生が一変した思春期。体の変化、怪我、反抗期、そして「体操を辞めたい」と告げた高校3年生の冬……。それでもご両親は叱ることも、引き止めることもしませんでした。現在は8歳と3歳、2人の子どもを育てる母となった田中さん。自身の子育てに迷う今だからこそわかる、あの頃の両親の思いがあるといいます。
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家の中には鉄棒とトランポリン。体操は「習い事」ではなく遊びでした
両親が体操選手だったので、物心ついた頃から、家の中に鉄棒やトランポリンがあるのが当たり前でした。2歳上の兄が逆立ちをしたり、トランポリンを跳んだりする姿を見て、「お兄ちゃんみたいになりたい!」と小学1年生から本格的に体操を始め、学校が終われば体育館へ。練習が終わるのは夜9時頃。母が作ってくれた3きょうだい分のお弁当を車の中で食べ、帰宅後に宿題、お風呂、そして就寝…今、親になって振り返るとすごい生活だったな〜と思います(笑)
ただ、私にとっては“体育館に遊びに行く”感覚でした。宿題を忘れると『体操をやめさせるよ』と言われていたので、それだけは絶対に嫌で(笑)。体操を続けたいから勉強も頑張っていました!
父は高校の体操部の指導者、母も体操一筋で生きてきた人でしたが、それでも、「体操をやりなさい」と言われたことはありませんでした。そして、「家では体操の話をしない」というルールもありました。“親からは聞かない”、でも子どもが話したいときには聞いてくれて、”アドバイスが欲しいときには答える” その距離感があったからこそ、私たちきょうだいにとって家は、競技から離れて安心して戻れる場所になりました。
10kg増えた体重、変わっていく体。「自分自身が嫌い」になった思春期
初めて大きな壁が訪れたのは、中学3年生の冬。足首を怪我し、練習ができなくなくなってしまったんです。それと重なるように身長が約10cm伸び、体重も約10kg増加。胸やお尻が大きくなり、生理も始まりました。それまでずっと練習してきた体を休ませたら、こんなに体って変わるんだと感じました。もちろん女性としては自然なことなのですが、当時の私は、その変化を受け入れることができず、“自分自身が嫌い”になってしまったんです。
腰が痛い。お腹が痛い。気持ちにも波がある。でも一方では兄と弟は変わらず世界を目指して練習を続けているなかで、なんで私だけ、こんな目に遭わなきゃいけないんだろうと思うこともありました。
高校時代の3年間は長いトンネルの中にいるようでした。レオタードを着ることさえ嫌になり、懸命に努力する人を見るとなぜかイライラする。その中でも両親が私にかけた言葉は「笑顔でいなさい」や、「今は休んでもいいんじゃない?」というものでした。意外ですよね?でも当時は、怒られないことにもイライラしていました。“なんで怒らないの? 本当に私のこと考えてる?”って(笑)
高3の冬、思わずこぼれ出た…「体操を辞めたい」
成績も振るわず悶々としていた高校3年生の冬、耐えきれなくなって「体操を辞めたい」と母に言いました。
“田中3きょうだい”といえば、地元・和歌山では知られた体操一家。体操を辞めたら、自分には何もなくなってしまうのではないか?そんな恐怖を抱えながらも、それでも一度、すべてから離れてみたいと思ったんです。そんな私に、母はあっさり、「いいよ、いいよ。辞めちゃいな。明日から辞めていいよ」と言ってくれました。私は逆に怖くなりましたけれども(笑)。体操を辞めてからは、初めて友達と一緒に通学路を歩き、駅でたこ焼きを食べ、カラオケへ。当時大好きだった浜崎あゆみさんの曲を思い切り歌えたり…それまで練習漬けで知らなかった高校生らしい毎日をおくりながら、“こんな世界があったんだ!”と味わったことのない幸せを噛み締めました。
そんな生活を1カ月ほど続けるうちに、ふと「これが、本当に私のやりたいことなのかな」と思うようになったんです。私が遊んでいる間も、変わらず練習を続けている兄や弟の姿を見ていましたし、友達も「本当に体操をやらなくていいの?」と、さりげなく声をかけてくれ、気持ちが変化していきました。
結局「体操をやめた期間」は1ヶ月。意を決して、「もう一度、体操をやらせてください」そう両親に伝えると、「いいよ。じゃあ明日から行って」という、驚くほどあっさりした答えがまたも返ってきました。
怒っても、思春期の子には届かない。父が選んだのは「待つ」こと
「なぜ、あのとき怒らなかったの?」現役を引退してからになりますが、父に尋ねたことがあります。
父は高校教師として、何人もの思春期の子どもたちを見てきた中で、「反抗期の子に上からガーッと言っても、何も伝わらない。『なんだよ』と思われるだけだから」と。いつか自分で、“自分が変わらなきゃいけない”と気づいてくれると思っていたそうです。
もちろん、何も感じていなかったわけではなく、「何度も怒りたかった。すごく我慢した」‥と、そう打ち明けてくれました。 体操をやめても、“絶対戻ってくると思っていた”と両親は思っていたそうです。自分で何かに気づいて帰ってくるだろうと、信じてくれていたみたいで‥。
“子どもが自分で答えを見つけるまで待つ”そんな姿勢、親になってみると、無理無理!って思います(笑)。だからこそ、あのとき両親がぐっと我慢してくれたことには、本当に感謝しています。
口では言わない。でも家中に「自分との戦い」の文字があった
田中家(実家)では、家の中のあちこちに、“言葉”が貼ってあるんです。「自分との戦い」「努力は裏切らない」トイレの前やドアなど、毎日必ず目に入る場所に、前向きになれる言葉がさりげなく置かれていました。母は口では言わないんです。でも、目から入る言葉で自分で何かを感じなさい、という感じで。落ち込んでいてもそれを見ると、『あ、遊んでる場合じゃないな』とか思っていました(笑)。自然に頭に残るんです。今思うと、母自身が、自分にも言い聞かせていた言葉でもあるんだと思います。子育てって、本当に親自身の“自分との戦い”でもありますから。
母になった今。子供の姉弟喧嘩に悩んだら、今も両親に相談します
私たち3きょうだいはほとんど喧嘩をしなかったのに、8歳と3歳の我が子は頻繁に喧嘩をするので手を焼いています。
弟がお姉ちゃんの大切なものを壊してしまったりすると、どんな言葉をかければいいのか?悩むんです。そんなときは父にヘルプの電話です(笑)。
父から返ってきたのは、「両方の味方になればいいよ」という答えでした。だから私、家ではいろんな役を演じているんです(笑)。娘には『弟って本当にやんちゃだよね』って寄り添って、息子には『お姉ちゃんひどいね』って寄り添う。でも最後には、“仲良くしてるほうが楽しいじゃん”って笑い合う。
何でも試してみています。子どもと一緒に自分も成長していけばいいのかなって!
子どもには「自分の好き」を、たくさん見つけてほしい
和歌山県で生まれ育った私にとって、東京での子育ては未知の世界。電車で習い事に通うことひとつとっても、自分の子ども時代にはなかった経験です。そんなとき、 “ママも初めてだわ”“ママもわからないから一緒にやろう”って、弱いところも見せるようにすると、子どもは意外なほど協力してくれます。
娘に言われた言葉で忘れられないのは、「ママは体操のことはわかるから厳しい。でも、わからないことは一緒に頑張ってくれる」その言葉を聞いたとき、娘が幼いときに「ママのできる体操はやらない」と言った理由も少しわかったような気がしました。
親が正解を持っていないからこそ、親子で一緒に考えられるんです。上から教えるのではなく、一緒に悩んで、一緒に喜ぶ。正直なことをいうと、私が一番楽しんでいるのも事実! 体操しか知らない子ども時代で、UFOキャッチャーもやったことがなかったし、お友達同士で遊ぶこともほとんどなかったですから。子どもたちを見ていると、“これが子どもなんだ!” って楽しくて仕方ないんです(笑)。
田中理恵さん PROFILE
和歌山県出身、1987年6月生まれ。
身長157㎝と女子体操選手としては大柄で、長い手足を生かした美しい演技を持ち味として活躍。日本体育大学、同大学大学院を卒業。ロッテルダム世界選手権(2010年)にて、日本女子初の『ロンジン・エレガンス賞』を受賞。全日本体操競技選手権大会(2012年)女子個人総合優勝、NHK杯体操競技(2012年)女子個人総合優勝など輝かしい実績を残す。ロンドン五輪(2012年)では同じ体操選手である兄の和仁選手、弟の佑典選手とともに出場。兄弟3人揃っての五輪出場は日本体操界史上初の快挙。2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事を務め、様々なスポーツイベントやテレビ番組への出演、体操解説者、指導者など、多岐にわたって活動。「田中体操クラブ」では、体操を通じて”自信と挑戦する心”を育てることをコンセプトに、兄・和仁、同クラブの所属選手でもある弟・佑典とともにコーチを務めている。
田中体操クラブHP
撮影/田中駿伍 ヘアメーク/杉野加奈 スタイリスト/MORIYA 取材・文/竹永久美子 構成/今野葵 撮影協力/シェリル・アー
ツィードトップス¥26,400(カデュネ/カデュネ プレスルーム) ピアス¥44,000 ネックレス¥44,000 ブレスレット¥37,400(以上プラウ) リングは本人私物 パンツ・パンプス/スタイリスト私物
〈問い合わせ先〉
カデュネ プレスルーム TEL 03-6863-0100
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